百観音(観音堂堂内)
如意輪観音
観音堂左側damy観音堂右側
百観音信仰
西福寺観音堂の本尊である如意輪観音の胎内には、西国・板東・秩父あわせた百カ所の観音像が納められており、このお堂に参詣することで、百カ所の札所をめぐったことと同じ御利益があるとされている。『新編武蔵野風土記稿』には、観音堂の再興は元禄3年(1690)と記されている。また堂内には、三重塔と同じく徳川三代将軍家光の娘・千代姫から寄進された金箔押しの百体の観音像が安置されている。
毎年8月9日の大護摩の日には、四万六千日分の縁を求めて現在も多くの参詣者が訪れる。一カ所で百カ所分、一日で四万六千日分の功徳が得られるこの日は観音信仰が盛んであった江戸当時も賑わったことだろう。明和2年(1765)に行われた三重塔修理の際には、百観音信仰の人気を裏付けるように、一万二千人以上の庶民から寄進がありこの時の寄進者の名前を記した柿板(こけらいた)が今も残されている

木造如意輪観音坐像及び像内納入物
川口市指定有形文化財(彫刻) 平成10年2月5日指定
当如意輪観音坐像は、西福寺観音堂の本尊で、高さは90cm、幅は55cmを測ります。この像を中尊として両脇に99体の観音像が安置されており、百観音と称されています。
『新編武蔵野風土記稿』によれば、観音堂は元禄3年(1690)の再興とされており、この観音坐像も、腹内に納められている曲げ物製筒入りの99体の小観音も、ともに同じ時期の作品と考えられます。像内納入仏に本体の如意輪観音坐像を加えると、都合100体となり現在本尊の両脇に並ぶ99体の観音は様式、手法から後の時期の製作によるものと思われ、この点から推して、あるいは当初この本尊と像内の99観音のみで「百観音」と呼んでいたのではないかと考えられます。
また、如意輪観音坐像は、江戸時代前期の彫刻としては出色の出来映えを示しているほか、像内に納入物を納める違例としても貴重なものとなっており、彫刻史、仏教史的な観点からも高い価値をもっています。  (川口市教育委員会)

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