山門
明治17年(1884)時の第三十世住職三池照鳳大僧正(後の成田山新勝寺第十四世貫主)によって薩摩藩島津家江戸屋敷の門を移築したものである。
薩摩藩は往時「上屋敷」を芝三田に(現、港区芝五丁目のNECの敷地)、「中屋敷」を外桜田(現、千代田区内幸町一丁目の帝国ホテル付近)、「下屋敷」を芝高輪南町に(現、港区高輪三丁目のホテルパシフィックの敷地内)、又、「蔵屋敷」と称して芝田町一丁目(現港区芝四丁目)の海ぎわに有していた。
この内、当山の山門は「中屋敷」の「中門」であってその当時より「中屋敷」の「中門」はどれも「黒門」であったという。そして、この中屋敷は薩摩藩主が江戸へ下向したとき必ず使用した所である。
正面の大門は黒門の代表的構築として、国宝に指定され保存されていたが昭和20年(1945)おしくも空襲により焼失した。
「中屋敷」の遺講中、現在確認できるのはこの山門のみであり、まことに貴重な文化財と言えよう。 合掌 (境内の掲示より)