慈恩寺 玄奘塔
【慈恩寺 玄奘塔】
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住所 さいたま市岩槻区大字慈恩寺139
山号 華林山最上院 天台宗
本尊 十一面観音
坂東三十三箇所第12番札所
天長年間(824年 - 834年) 慈覚大師の開山によって創建されたと伝えられる。
2004年に訪れた折の写真です。その後、地元浮間の観音寺が足立坂東三十三観音霊場であり、2009年のご開帳が行われたのをたまたま見る機会がありました。その縁で、足立坂東三十三観音霊場を調べていたら、蕨市の三学院で玄奘三藏法師の遺骨を納めた「金亀舎利塔」なる塔に巡り会い。三藏法師の遺骨と言えば慈恩寺を思い出し掲載した次第です。
玄奘塔の場所は慈恩寺本堂とは離れたところにあり、歩いて5分ほどです。山門から直角に進み、200mほどで左折する。
西遊記(孫悟空物語)で名高い玄奘三蔵法師の霊骨石塔です。十三重で高さは約15mあり、慈恩寺が管理しています。
三蔵法師の遺骨は、宋の時代に長安(現西安)から南京にもたらされた後、太平天国の乱で行方不明になりましたが、第2次大戦中に南京を占領していた日本軍が、偶然にも土木作業中に法師の頭骨を納めた石箱を発見(昭和17年)しました。頭骨は、当時の南京政府に還付され、昭和19年に南京玄武山に玄奘塔を建立し奉安されるとともに、日本へも分骨されたのです。
日本へ渡った頭骨は、当初芝増上寺に安置されましたが、折しもその頃の東京は空襲の被害が広がり、一時埼玉県蕨市の
三学院に移され、さらに三蔵法師の建立した大慈恩寺にちなんで命名された慈恩寺に疎開しました。
第2次大戦後、日本の仏教界が正式な奉安の地を検討した際に、三蔵法師と縁の深い慈恩寺が奉安に最適の地とされ、昭和25年に十三重の花崗岩の石組みによって玄奘塔が築かれました。
その後、慈恩寺から台湾の玄奘寺(昭和30年)や奈良の薬師寺(昭和56年)へも分骨されています。

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| 三藏法師の遺骨を奉安した十三重の塔 |
玄奘三藏法師 |
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| 慈恩寺本堂と山門、玄奘塔は山門から右に向かう道を進む |
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| 右の図は慈恩寺と玄奘塔の周辺図、図のA地点から慈恩寺を撮ったのが左の写真 |
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